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   エ ッ セ イ  &   詩 集 「 時 計 と 風 」



 ひやくにちそうはなんだったか   2001年   腹が出ず眼も丈夫だが、白髪が増え始めた頃(笑)、
  水族館劇場のテント小屋の前で。  これでも芸術学部出身なんですが・・・






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エッセイ風に書いた重賞回顧やメルマガを並べてみました。べつにエッセイを狙ったわけではないんですが、ま、人生や呼吸そのものがそういう感じだから・・・。まるごと明るい予想とか、明るいレース回顧とかもいいんじゃないかと思って。松山弁で予想を書いたのも私が初めてだし、3300字のG1予想も私が初めてだし。

純粋なエッセイも書きたい。

クリス・マルケルの「ラ・ジュテ!」や、大林宣彦の「微熱の玻璃あるいは悲しい饒舌、ワルツに乗って葬列の散歩道」のような(この人の若い頃はアブストラクトな前衛と呼んでもいいよなあ、あの草月や蠍座の興奮は忘れられない…)、ルイス・ブニュエル風でもいいなあ、誰も褒めないようなシュールな競馬映画のシナリオも書きたい。(そんなもんだれがみるか)。

後半が、詩集になっています。詩は少しずつ増やしていきます。

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目次の原稿の上をクリックすれば、当該原稿にジャンプします。
この下の赤い字の、詩集もです。



・01/04/05「ホースレター」桜花賞 ◎テイエムオーシャン
               &相場狂い


・1995 週刊競馬通信・重賞回顧・アルゼンチン共和国杯
               &府中の美しさ


・01/02/01「ホースレター」共同通信杯 ◎ジャングルポケット
               &ゴダール、ゴッホ、そして南へ


・01/03/01「ホースレター」弥生賞 ◎アグネスタキオン
               &天馬、ランボーと夕陽


・04/10/08「ホースレター」毎日王冠 ◎テレグノシス
               &木の葉が舞い落ちるように


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詩集「時計と風」






 戦後の昭和30年代の風景みたい  エッセイ「相場狂い」に出てくる上神梅駅




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(相場狂い)

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■■ ドクター・リュウのE血統 ■■ 笠 雄二郎・Yujiro Ryu
Vol.46 eeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee

●シンプルな賭け

 1日に1000円近く日経平均が上下する日も何回かあってと、 えれー相場になってしまった。こうなるってえと、こちとら現物以 外に先物もやっているから、1時間に うん十万儲かって、にんまり していると、その後の30分で上下に振られて うん十万すってしま う、とか、そんなことの連続、連続で、スリルがありすぎる。

 インターネットでTOPIXのリアルタイムの値動きが見えるか ら、家に居たって勝負になってしまう。しかし、こんな損得を1日 に何回もやると、カーッと・・・はこない、こういうの平気なんで すね、私は。99万くらいまでは感情がほとんどぶれない。早口に なるだけ。平気です。でも、繰り返していると脳味噌の中の統率が 複雑すぎて取れなくなってしまう。頭が壊れそうになる。

 混乱してくれば・・・「休むも相場」・・という格言は正しい!

 けっきょく、問題はインターネットと電話だ、ということで、電 話のないところに避難して中毒を一時的に冷ますしかない。ケータ イを持たない人間なので、電車に飛び乗って東武春日部まで行った が、いけません、ホームの公衆電話で、コールセンターに電話して 「ダウはいくら? ほな、2枚買い!」とか叫んでいるから、同じ ことか。

 これではいかんと、さらに東武で羽生、足利、太田、桐生と行っ て、まだ駅前に電話があるから、桐生で先物1枚手じまって、タク シーを乗り継ぎ、わたらせ渓谷鉄道というのに飛び乗って、渓谷の 赤城山の麓の上神梅(かみかんばい)というような名前の駅まで来 たら、降りて、ほっと一息付いた。

 人気のない無人駅の駅前で、小学生が4人、バットでボールを打 って走ってという、昔私らがやったシンプルな遊びをやっとるのを 見ながら、ぼんやり何時間か夕方までを過ごした。

 この中毒患者(笑)がこの日、ほんの数万円だがプラスで終わっ たのは奇跡だったかもしれない。(苦笑)

       #

 早いもので、もう桜花賞。水曜の朝は雪がちらつくかと思ったが、 杞憂に終わった。

 エルプスの桜花賞といえば、週刊競馬通信に1985年にコラムを書 いたときに、GT予想も始めて、最初のレースが桜花賞だったと記 憶している。これはロイヤルコスマーを◎でベタ誉めしておいたが、 エルプスにやられて2着に終わった。

 そのエルプスもついに孫の世代となって、それがテイエムオーシ ャンというのだから時代は早いものである。

 ダンシングブレーヴ産駒で母系にスピードが入れば、桜花賞馬の キョウエイマーチと同じだから、こちらも勝てると見るのが比較感 から分かりやすい考え方だ。引っかかる心配があるが、仮に逃げて も勝てる気がする。

 本田の不安というのもあるが、あの騎手は意外と上手い。ただ、 人気薄で上手いが、人気でどうかは分からないが、昨年の1番人気 のジョッキーのようなことはないだろう。

      #

 今週のデイリースポーツはテイエムオペラオーが負けて締め切り 間際の大混乱?で、記者席に石が飛んでくるわ(笑)、あ、石は、 冗談ですが・・・・私が若い頃は浦和の記者席に遊びに行くと石が 飛んでくるといってトラックマンに驚かされましたね。ほんと。そ んでかなんでか私のコラムは翌日回しとなりました。しょうがあり ません。長くやっていると新聞はこういうことは、ままあります。

 週刊誌の締め切り間際にニュースが入ると、これも凄いですね。 一度、校了のほんの間際の夜中に向田邦子さんの乗った飛行機が落 ちて・・・、忘れもしません、81年8月です・・・。ああ、合掌。

 で、日曜の競馬場からの帰りにデイリーを買って、(昔は競馬通 は皆そうするものと思っていた。)、私めのコラムをも味わおうと していただいた読者の方の熱意に報いるために、デスクの許可を取 って全文、コピーをこのメルマガに掲載します。

 ぜひ、ご笑覧下さい。

 ところで、日曜の夜7時頃、デイリーの夕刊が売店に出ると凄い のは巣鴨と柏ですね。50部くらい次々に売れていく。あれは見て いて感動します。感謝。

        #

以下、デイリースポーツ4/3火曜版とおなじものです。

岡部はやっぱり押さえておこうかな。昔は嶋田功と岡部は牝馬ジョ ッキーだった時代がありましたから。少しだけ。

ムーンライトタンゴは、ちょっと誉めすぎたかな。

◎○の線は案外、確率高そうな気がするのでシンプルなこの線のワ イド勝負も考えたい。

桜花賞の日は上神梅まで行かなくてもよさそうだ。こっちの中毒は 昔はひどかったが最近は歳のせいか治りつつあります。(笑)
Yujiro Ryu
      #

 サンデーサイレンス(SS)産駒は短距離GTは苦手だから、桜 も他の種牡馬にチャンスがある。

 ダンシングブレーヴ産駒はガーッと行くのでマイラーが多い。桜 花賞馬・キョウエイマーチやキングヘイローなども母系のスピード が開花した。テイエムオーシャンも祖母が桜花賞馬のエルプスで、 スピードやパワーは十分だ。折り合いも付くから、ここの◎は問題 ない。

 SS×ノーザンテーストの配合は、アメリカンな部分であるアル マームードを強調しすぎてマイラーになる。この配合のダイワルー ジュは、祖母の父がスパイソング系だし、まるでマイラーだ。桜を 勝つような華のある馬で、今年は相手が悪かった。○とする。

 ▲ムーンライトタンゴはSS産駒のダンスインザダークが父で、 母の父がトニービンだから、この組み合わせは最高で侮れない。芝 の馬だ。

 リワードフォコンの妹のリワードアンセルは母が私 の好きなプリメロの〈全兄弟クロス〉。祖母がエリザベス女王杯に 勝ったリワードウイングで底力はある。勝負付けはすんでいるよう だが、根性だけで走っているような馬だから捨て切れない。

 サクセスストレインの父ティッカネンはBCターフを差し切った 中距離の一発屋。サンサンの牝系で、母の弟のネイティヴハートは 朝日杯で◎にしたが足りなかった。桜かオークスか、どちらともい えない。

 フローラルグリーンは母系の配合が良い。母の父アファームドの 馬は、イマイチ成功し切れないが、兄にナリタトップロードがいて 素質は高い。

 SS産駒のハッピーパスはシンコウラブリイの下で血統的には問 題ない。良家のお嬢様だから、あとは爆発力だけだ。

 フィールドサンデーはブライトサンディーの全妹で能力は高い。 千八か二千がベスト。

 タシロスプリングはマルゼンスキー×フォーティナイナーでマイ ルは問題ない。

 ポイントフラッグはメジロマックイーンの子だからオークスがベ ター。

 タケイチイチホースはフジキセキ産駒でベストは千四。母の持つ クロスが優秀だから兄のタケイチケントウ、エイティグローも走っ たが、同じ父を持つダイタクリーヴァほどではない。

 テンザンデザートは父グリーンデザートが千二用の種牡馬でマイ ルは長い。

以上、デイリーより引用。
(R)
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(府中の美しさ)

「週刊競馬通信」重賞回顧
1995 AR共和国杯

 東京の秋は美しい。四国育ちの九州男児という私は上京した年の都会の秋に魅せられてしまった。それ以来、秋になると、あちこちの公園や通りの色づき始めた木々にビルとビルの間から射してくる午後の陽射しを求めて歩き回る。秋になると仕事にならない。

 東京でいちばん多く通った公園は府中の競馬場で、今年はオーバーシードになったのは仕方ないとしても、枯れていく芝の色の移り変わりを毎週味わう楽しみがなくなったのはさびしかった。府中のオーバーシードは、ノシバにイタリアン・ライグラスの混じるもので、冬期の緑を保つ目的でよくあちこちで使われる。

 枯れていく芝が11月の府中開催の午後の光に輝くさまは美しいが、いちばんビデオで感動するのはヤマニンウエーブの天皇賞の時の色合いだ。あの馬は母もヤマナミという美しい名で、府中の直線の微妙なカーブや傾斜や多摩丘陵の起伏を見るたびに、その名を思い出す。芝の色は変わっても、このコースの輪郭、形状、起伏などは、そのまま何十年も残してほしいと切望する。スタンドに立ってコースを見る時、海に会いに行って懐かしい波打際を見たときの感情が湧き上がってくるのが、じつは好きだ。府中のタフなコースは、馬だけでなく、私の人生の大半を形造った原点、原風景にほかならない。そして、それは今日も私を突き放そうとする。

 府中の直線を2度駆け上がる2500を制したのは、今年、 重賞3勝目となるゴーゴーゼットだった。父が異系のディクタスに Princely Gift が入ることで切れを表現したサッカーボーイ。母の父が異系のニチドウタロー。Northern Dancer =ノーザンネイティヴの全きょうだいクロス4×3で、3代母の父ジャヴリンはカツラノハイセイコの母の父として成功した。ディクタスもエルセンタウロも母系に入って成功するだろう。

 ニチドウタローは連闘で天皇賞をレコード勝ちした傑物で、サイアーラインは、母の父として成功するフェアウェー系で、Full Sail に遡る。Full Sail はストロングエイトやブラジルダービー馬 Emerson の母系に入っている。

 Emerson はトウカイパレスの父ランドヒリュウの母の父でもある。ついでにトウカイパレスの母の父ロイヤルタタンもエルセンタウロと同じアルゼンチン由来のFairway 系にあたっている。

  西の村本、東の的場。これが、いぶし銀の双璧だろう。村本には、もっといい馬を回してほしい。
(笠 雄二郎)
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(ゴダール、ゴッホ、そして南へ)

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■■ ドクター・リュウのE血統 ■■ 笠 雄二郎・Yujiro Ryu
Vol.37 eeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee

●南へ

 今週発売の「週刊ポスト」を読んでいたら、伊集院静氏が「セー ヌ紀行」という欄でゴッホの「烏のいる麦畑」に触れて、「この作 品の中に、狂気を見る人がいるが、私はそれこそ狂っていると思う」 と書いていた。今まで読んでないコーナーだから、どうなっている のか分からないが、信じられない。

 あれは狂気かどうかはともかく、絶望的な心情が描かれていると 少年時代から思っていた。絵画批評にもいろんな人がいるものだ。

 モーツアルトの「クラリネット協奏曲」(私が聴いたのはカラヤ ンの解釈)も死を前にした作品だが、これはまさに死をも超越した ような とろける心が表現されている。

 こういうことは常識と思っていたが…。

 ちなみにゴダールの「気狂いピエロ」のなかで、南へと向かう途 中で麦畑で車を焼くシーンがあったが、ゴッホの絵のモチーフを示唆していると思 っていた。「南へ」というゴッホと同じテーマを持っているから。 ま、いいや、私は自分の理解を曲げる気はない。

 ヨーロッパの芸術家やカミュのような哲学者にとっての南とは情 熱の地中海、北とは知性の森を意味する。血統では北はノーザンダ ンサー、南はナスルーラといったところか。

 共同通信杯は豪華メンバーになった。

 最優秀3歳馬がメジロベイリーかアグネスタキオンかというのも 一つの重要な問題かもしれないが、表彰はともかく能力はアグネス タキオンが上だろう。久しぶりに天馬を見た気がする。

 これに食い下がったジャングルポケットも強い。ナスルーラとハ イペリオンが豊富で、底力があるだけに府中で他の馬に負けている 場合ではない。◎。

 ○スイートゥンビター▲プレジオの順か。地方のシングンオペラ もオペラハウスだから侮れない。前走戦ったメジロキルデアとは互 角か。
(R)
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(天馬、ランボーと夕陽)

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■■ ドクター・リュウのE血統 ■■ 笠 雄二郎・Yujiro Ryu
Vol.41 eeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee

●天馬

 突然、海が見たくなって4時間かけて館山まで行ってきた。世田 谷にいたときは、ロマンスカーでしょっちゅう小田原だった。夢枕 獏さんを見かけるんですね、あそこ。どうでもいいけど。

 千葉に住むと館山かな。育ったのが松山だから、海があって城が ある町が好きだ。小田原も館山も駅のすぐ近くに海があるのがいい。

 風がなく快晴で鏡ヶ浦は瀬戸内海よりも静かだった。

 帰りは日没少し前に「ビューさざなみ」に乗る。これで、左の車 窓の外に海と赤く丸い沈む夕陽が見え、特急を追いかけて夕陽が車 窓を走る。時間的にも角度的にも読み通りだった。関東で海と夕陽 の絡まり合う場所はここだけだろう。私が少年時代に乗っていた松 山と今治の間の予讃本線は瀬戸内海に沈む夕陽が車窓から見られる 日本でも数少ない場所だった。

 15歳の時に、それを見て感動した。

 そう、そして上京して観たゴダールの「気狂いピエロ」のラスト シーンに流れる燃えるようなモチーフ。ランボーの名詩だ。

 「また、みつかった。
  何が。
  永遠が。
  海に溶け合う太陽が・・・」

         #

 心身をリフレッシュしたところで、今週は天馬・アグネスタキオ ンの登場となる。この天才が負けるとすれば、春の天皇賞と不良馬 場か。やや重までは負けないだろう。

 タキオンは海に溶け合う太陽のようなものだ。
(R)
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(木の葉が舞い落ちるように)

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 ■■■ ケヤキの向こう ■■■  笠 雄二郎・Yujiro Ryu
Vol. 229 ===================================================


● 木の葉が舞い落ちるように

 天気予報士というのは、どうも解説士らしい。皆同じこと言って て個性がない。先週は曇と、曇パラパラ雨の予報が時々刻々転々と したのに当日は夜中からレースまでずっとバケツひっくり返したよ うな、どしゃぶり。せっかくG1の前まで、予想した5レースが全 部あたってたのに。うーん。外れてもかまわないけど、天気はいろ いろな見解を比較できないものか。1人だけ言ってる天気が違うと 世間を騒がせたということで問題になるのかな?

 今週は台風だから進路や速度が定まらず、見るたびに変化するの はしかたないが、馬場状態が決まらないから予想にならない。おま けに順延した場合の馬場が乾く速度まで考えなければいけない。余 分なことばっかり考えて時間がもったいなくてうんざり。

 土曜府中のプラタナス賞。ああ、プラタナス。大好きだ。別名は スズカケの木。東京の街路樹はイチョウかプラタナスだが、どちら も好きだ。プラタナスで一番人気なのは新宿御苑らしいが、私がい ちばん好きなのは小石川植物園にある巨木。行くたびに元気か〜と か言いながら、幹を馬の首みたいにポンポン叩く。樹と馬は皆好き だ。

 府中のプラタナス賞はダートだから雨や台風の天気でもまだ気楽。 プリサイスマシーンを破ったカイトヒルウインドのいとこがエイシ ンアスワン。母が、カイトヒルと同じく、名牝ミススワプスコの牝 馬クロスを持つという抜群の良血だ。そのことと馬体だけで、目を つぶって◎。ウインチェスターファームの吉田さんの話は小倉2歳 Sで書いたが、これもそうみたいだ。プラタナスが好きだから、プ ラタナスの葉が舞い落ちてくるように幸運が舞い込みそうな気がす る。馬券が舞わなければいいが。

 京都のりんどう賞は馬場の乾き具合が読めないが、少しは湿り気 が残ると見て◎はグラスワンダー×サドラーという重厚な配合のエ イシンハッピー。前走は▲にしたが手前を替えなかったみたいだし、 叩いて右回りに戻って期待した。先日、りんどうを花瓶に活けてい たら、うっかり枯らしてしまった。りんどうよ、ゴメン。

 京都大賞典の◎は前走と同じでレニングラード。トニービンらし く胴が長い。パワーもあるので馬場が渋ってもいいし切れがあるの で良でもいい。相手が強いが楽しみだ。アドグルは57が気になる。 ゼンノロブロイは微妙な着順が多くてよく理解できない。ずっと二 千を使っていればよかったと思うが。先日、キウイが実ったので収 穫しようと思っていたのだが、天気予想に夢中になって忘れてしま ったら、樹上から地面に落ちてナメクジに食べられてしまった。キ ウイよ、ゴメン。

 日曜の府中は毎日王冠。台風が通り過ぎたあとの馬場の乾き具合 が読めない。◎テレグノシスとした。

 先日、やっとこさ雨が上がったのでシイの実を公園で一生懸命拾 ったのに、帰る途中で間違えてゴミと一緒に捨ててしまった。トホ ホ。シイの実よ、せっかく拾ってあげたのにゴメン。さいきんわし こんなことばっかりなにやってんだ。あ、けいばか。
(R)
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 暗いジャズ喫茶で

 最低でも2日に1回は東京中のジャズ喫茶を回っていた。







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   詩 集  「 時 計 と 風 」

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 高校の頃は最初は田中冬二や八木重吉が好きだった。本格的に詩を読み始めると、16歳頃から北園克衛や藤富保男や安西冬衛の、アブストラクトやシュールレアリズムの世界に影響されて、18歳頃から、鮎川信夫のような「荒地」派の影響が混在していって、その両者を合体できないか、という方向に進んでいったつもりです。それが、あまり人がやろうとしなかった、私の詩作の秘かな狙いです。

 しかし、前衛的な作品は、レトリックが理解されないだろうから、今のところ載せないで、誤解がなく理解がやさしいのから載せていくつもりです。簡単な詩が多いじゃないかと言わないでくださいね。ほんとうは、血統と同じで実験的なものが好きなんです。

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詩誌「解纜」


・ラベル  1973/10/1


・時計と風 1973/12/6



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生徒会誌



・満月 1966

・夜の夜曲 1966


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「Raffaello Blue」



・樹 1996

・羽根木の暗い夏 1996

・熱いパドック 1996

・馬 1996


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   詩誌 解 纜

          (vol.5 1973/12発行
                       (代表)池田将
           同人・宮崎正康、林州平、林洋一、石原誠 他)

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        「 ラ ベ ル 」








 「 ラ ベ ル 」


黄色い雨の中を花火が昇(あが)る
海の堤防は巻尺のように塀や壁に連なっている
軍隊が細菌を用意する
くしゃくしゃになったラベルが展(ひろ)がる
少年がシャアレのなかに時間を培養する季節
午後一時
畑の桑の間に棒でもって蛙を叩く
足が震える 千切れた記憶
失われようとして まだそこにある知覚
震えるたびに女は二度ずつ笑う
灰色の仕切りの向こうには何も見えない
烏も鳴かない畑 歪んだ鍵穴
いつも子供の のぞいている暗い窓
ラベルの糊の輝き
死に方を教えてくれた老母が死に損じる
ほんとうに死んだ時 一度だけ笑う

渋色の紙が舞う
ねじれたブリキくずが降ってくる
女は海から帰ってくる
午後五時
人々は家の中でテレビジョンセットを見ていたので
ペストの雨には濡れずにすんだ
雨は堤防の向こうにあると云われる
暗い海の底に降っている

(1973.10.1)





※ 「ラベル」は、日本軍が存在を隠している細菌戦部隊のことを引用しながら、戦争でPTSDになった父と、9年も戦地にいた混乱で酒におぼれ、それでひん曲がった少年時代の生家の、屈折した一面を昇華するために書いた。

大学の卒論に書いたメディア論も、既に交えて書いている。
その屈折さは、ルナアルの「にんじん」の影響もあるかもしれない。

北園克衛の影響が大きく、アブストラクトな表現で、会心作なので、「現代詩手帖」に応募したが、落選する。
これが落選するようでは仕方ないと思って、詩作は、23年後まで、中断した。







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      「 時 計 と 風 」 




 (注)3行目は薄いけど、歯刷子(はぶらし)です。














 この詩は暗いところがある。そして、鮎川信夫の「アメリカ」みたいな、ぜひ書きたいテーマだが、結果は壮大な?失敗作という側面もあって、懐かしくて個人的には忘れられない。このままでは完成ではないと思い、「第1稿」としたが、その後、何回書き直しても完成していない。

 1972年と1973年は、すべてが どん詰まりの2年間だった。

 72年に血統論を書き始めたが、当時は驚くべきことに、競馬メディアでも、血統なんか役に立たないよ、どうにもやらないよ、という誤解に満ちた風潮が蔓延していた。4年でさっさと卒業して競馬専門紙に入った友人2人がそう言っていた。それを聞くと、私の性格だから逆に燃えた。誰もやらない、え?、凄い世界じゃないか。

 その時代にあって、大学は卒業できない、志望していた映画は急激に衰退していく、卒業しても就職のメドもない、TV局に行きたくても推薦してくれない、恋はうまくいかない、それもあって新聞社のアルバイトは惰性になってきて退社する、下北沢の学生下宿は一人ずつ就職していくから散り散りになっていく、高額のバイト先をやめたから貧しくなる、小学校のときに小遣いはたいて買った株は買値に戻らないが理由が解明できない、ないないないで、血統論などという今では輝くほど主流で、当時は異端の世界に首も頭もすべて突っ込む、という孤独な時代だった。

「(略)/みんなが町で暮したり/一日あそんでゐるときに/おまへはひとりであの石原の草を刈る/そのさびしさでおまへは音をつくるのだ/多くの侮辱や窮乏の/それらを噛んで歌ふのだ/(略)」  宮沢賢治「告別」より。

 でも、その頃、雪の下で苦心惨憺したものが、後に糧となり開花していくのだから人生はわからない。66年から71年まで映画やジャズや現代詩や、さまざまな書籍や、あらゆる芸術を溢れるほど浴びて感性を磨き、この2年は血統論や詩を書き、他にも、いろいろな新規な着想を練ったり考案したりしながら、徹底的に内省に入っていった。1973年はとにかく23歳になったというのに、真っ暗闇の落ちこぼれだったが。それでも、74年から幸運にも、明るく、新しい世界に飛び出していけた。

 血統論や「枠目論」の萌芽だけでなく、詩的感性だけでなく、卒論の「番組編成論」だけでなく、友人が出した「海出のためのタイプ練習」への寄稿や、この2年間で種を蒔き、研究したこと、書き始めたことを、その後の人生で1つずつ収穫していくことになっていった。若い頃に、内面に向き合って書く、とか、ノートに着想を練り重ねていくという行為には、1年でも2年でも、人生にとって、やるだけの重い意味・価値があると信じている。

 同人の仲間たちは、それぞれの世界で私よりはるかに上手に生きていった。やはり書くことには、それだけの意味はあるよ。


 詩と映画とジャズ 動物と植物と鉱物が好きで、詩と映画とジャズに夢中だった。今も変わらない。





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   「 生 徒 会 誌 」 

               (1966版生徒会誌 ・ 1967/3/22発行)

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 高校時代の詩。受験校でエリートの文芸部に対抗して、“第二文芸部”を作り、受験教育批判と詩作をやっていた。生徒会誌の賞に応募して最優秀賞を得たときの作品。

 文芸部に集まったような東大に行くエリートたちでなくても文芸ができるということが、教師にも後輩にも衝撃だったようで、大学時代も母校の新聞部から原稿依頼が来て寄稿したこともある。それほど凄いという詩でもなかろうに、白紙答案出したり徹底的に勉強を拒否していた落ちこぼれ生徒が賞をとることのインパクトが大きかったのかな。












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   詩誌 Raffaello Blue

           (no.2 1996/2/1 発行) (代表・宮崎正康)

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 生涯を通して完成させたい詩である「時計と風」と「ラベル」を、ここ 「 Raffaello Blue 」でも書こうとしているが、いくら読み直しても完成していない。一生かけて書いてきた感があるし、それを背負って生きてきたかもしれない。
 ここは、ホームページには、ほかの詩から載せていくことにした。













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    (続きは、まだ、あるかもしれません)






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