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   株式 相場 テクニカル ・ チャート の 研究





 ガラの天底 プラス100とか、マイナス100とか、凄い数値が表示されている。これが1990年のガラだ。


テクニカル・チャートだと、天井や底がきれいに表示されますね。
89年末の大納会が世紀の大天井、90年10月初が大暴落の最初の大底、ということは見ると簡単にわかりますね。


私は、1990年の大暴落のとき、歴史的な大天井の2日後から、上記掲載のテクニカル・チャートを信頼して、持ち株をすべて売っていき、大儲けしました

その後の下げ相場も空売りして儲け、その後に何回もやってくる大底では買いに回って、また儲けるという、脳みそが溶けるほどの大勝負に勝ちました

おかげで、1992年に体調不良になったほどです。


テクニカル・チャートを知ると、今が全体の流れの中でどういう位置にいるか分かるので、今日明日はともかく、夜道に迷ってどうかなるなんて心配はありません。

何人もの知人がバブルの後始末の悪さに怒りまくって体を壊して亡くなっていった。丸荘証券新松戸支店の2階の、テクニカル・チャートのシミュレーションができるパソコンが置いてあった上流階級専用のサロンに、支店長に言って私をサロンに上げてくれたお金持ちの人もなくなられた(合掌。鎌田さん、あのときはありがとうございます)。



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「一目均衡表」のような日本のシロウトに好まれているチャートなどは絶対に使いませんから、ご安心ください。

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都会の夕景が好きだ。船は舵を切って、向きを変えていく。(竹芝桟橋)






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 ズバリ
テクニカル・チャート ブログ
 ↑ 「テクニカル・チャートで株の天底やトレンドがズバリ」のテクニカル・チャートのブログです。相場のセオリーを書いています。先行きの相場観以外の、相場の基本的な姿勢などは、ご返事させていただきます。


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 1988年に東京の地価バブルはピークを過ぎようとしていた。私が住んでいた世田谷の借家は、坪500万で、100坪で5億円になった。それで家賃6万だったのが、1年で2回も契約書き換えという、違法なイヤガラセを受けて追い出された。私の借家を取り壊してアパートにすれば、家賃収入が4倍になるという計算だったらしい。そりゃ計算ではそうなるわ。バブルは日本人の心を変えてしまった。

 そういう狂想曲の中、私は新松戸に引っ越した。引っ越して半年経って、駅前に名物相場師・是川銀蔵が、店頭で別子(住友金属鉱山)の大相場を張って有名になった丸荘証券の支店ができた。そこには2階にパソコンがあって、本店から回線でデータが送られてきて、あらゆる種類のテクニカル・チャートを表示できるソフトが載っていた。そのソフトはカスタマイズもできることを発見した。

 1階は普通のお客さんで、2階は大手証券のトレード・ルームみたいな驚くほど大きな大きな株式ボードがあって、3台も情報端末がある、金持ちのサロンだったが、私は2階の客に気に入られて、地元の大金持ちの人たちと一緒に、2階のもの凄い座り心地の椅子に座って、行くとすぐお茶が出て、新聞や雑誌が読み放題、パソコンでチャート解析ができてという特権階級?の生活を楽しませてもらえた。

 朝は早起きして校正の仕事をやって、午後は1時からその2階のサロンで、パソコンに毎日かじりついて、テクニカル・チャートを1種類ずつカスタマイズしていった。誰もパソコンをやる客がいないから独占状態だった(笑)。パソコンにインストールされている元どおりの解析方法では飽きたらず、独自のカスタマイズをしたから、数年後に本屋で売られ始めたチャートの本よりも、はるかに自信があった。

 1989年4月に開店して、チャート・ソフトのカスタマイズが6月から7月にかけて完成した。

 完成といっても、今現在で改良しているのとは若干違うし、当時は、私が頼りにしたテクニカル・チャートは、1種類だった。

 でも、そのおかげで1989年9月に早々と大型株に見切りを付けていって、天井を打った正月に、年明けでもまだバブル的に上げていた店頭小型株(その後倒産したセザールで2月に大儲け)と、堅実な上場外国株ファンドを残して、一部二部上場株は全部売っていった。年末の大納会が日経平均の最高値だった。とくに1月の大発会の翌日からは決意を新たに大天井を確信して、プラスの株もマイナスの株も全部売っていった。上記掲載のテクニカル・チャートを見れば、天井は一目瞭然だ。もう、あのチャートの上はない。天までのぼる豆の樹はないのだ。利益確定売りしたあとも、日経平均39000円から9カ月で20000円へ大暴落した90年の、私の参戦成績は大きくプラスだった。


 当時は2000万円だった先物オプション保証金を預けて、オプションのプットを買い続けていたら、私の担当の証券マンに言わせると1億何千万円かになったらしいが、日銀が(一部言われていたように)3万円のちょっと上で買い支えるかもと思って、やめた。私もソフト・ランディング案の人たちに、思考の3分の1か4分の1くらい加担していた面があった。だって、それが戦後一貫して日本の金融当局のやり方だったのだからねえ。

 それが、天井から9カ月後、10月1日に日経平均が天井から半値の2万円になり、朝から売り気配で値も付かず、午後2時になって売り気配一色のこの惨状だと、そろそろ宮沢喜一(大蔵大臣だったかな?)が手を打つと思って(だって信用取引客が全滅する)、情報端末にかじりついて、買い伝票を書いて待っていたら、案の定、2時過ぎに政府が株価対策を打ち出すというニュースがQUICK端末に流れた。その途端、カラ売りしていた株を買い戻し、売り気配で値が付かない株を買っていった。数日でほぼ全財産買った。そいうときに、どういう腹の据わり方で買うか、そればかり春から考えていた。夏の湾岸戦争で金利高騰していたから債券が暴落していたので、株と債券の両方の特性を持つCBがとくべつ暴落が酷かった。とくに、そのCBを、売り気配の板を本社に問い合わせて、よく見ながら、狙い打ちで買った。

 やはり、プットを買って先物を売るよりも、暴落の底の総悲観の中で買うほうが、やりやすい。それでも、数ヶ月一時的に上がると、また下げるのは分かっていた。3万円でソフト・ランディングさせなかったら、特金やファントラといった企業向け財テク商品の解約ラッシュで、スパイラル的に崩れていくのが分かっていた。あの90年夏のオイル高騰時の日銀の金利対応が日本の運命の分かれ道だった。

 そうやって、90年からの大暴落を勝ち逃げしたが、その丸荘証券は日銀特融を受けて倒産整理された。売買報告書や売買ノートだけでなく、兜町で倒産残務整理を何年もかかってやっていたので、私の「顧客勘定元帳」のコピーも請求して、何冊かに分けて、もらって、まだ何かのときの証拠に持っている。

 全証拠は10万円でお見せします(笑)
顧客勘定元帳は証券会社に請求して、送ってもらって、こんなのを何冊も持っている。全証拠は100万円でお見せします。まじめな話。こんなものを証拠物に遺すために証券会社に請求する投資家は私くらいのものだろう。元帳の名前する知らないだろう。


 だって、本格的に相場張っていた人で、私以外に儲かった人を、読んだことも聞いたこともないから疑われたときの証拠だ。バブル崩壊時の「顧客勘定元帳」を持っている人間は日本で私だけだと断言できる(そもそも、普通の人は勘定元帳の存在すら知らない)。日経平均が天井を打っても一部の店頭小型株だけ逆行して上がった。バブルは大型株→中型→小型→店頭の順に買い手がなくなって沈んでいく法則があるからだ。上掲(1989年10月)の中に見える「セザールの買い」を何度もやって、この株が、後年、倒産するが、あのバブルのマンションブームで騒がれて、日経平均大天井後2カ月暴騰した。それが忘れられない。あの銘柄の大儲けのおかげで気持ちの余裕があったのもたしかだ。この1989秋は大型を売って、ソニーや小型(天龍木材、五味屋、山種産業)や外国株(イベリアF)を買っていたのがみてとれる。

人が買うときに売って、売るときに買ったからといって、妬んだり恨んだりしないでください。感情過多でないように書き換えならしますから。ウソでもなんでもない90年代の日本の一個人投資家の、珍奇な、非常に珍しい例といえる奮戦の事実です。



 ガ ラ 1990年のガラ、大暴落だ。90年にプリントアウトしたチャートを画像にした。
上が誰もが見るローソク足。
下の私がカスタマイズしたテクニカル・チャートだと、1990年時点でこんなにきれいに、天底が表示できた。(上が日足、下が週足)。

左の87年の「ブラックマンデー」の世界大暴落チャートが、おもちゃに見える。夏に一旦上げたあと、9月末に、たった9カ月で、39000円からブラックマンデーより下の20000円まで下げた。




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 現在は、1種類のテクニカル・チャートでは相場の動きに追い付かないケースが増えたので、ほかの4つのチャートと合わせて、5つのテクニカル・チャートの組み合わせの中で、上げ下げの判断をしています。非常に丁寧なやり方です。

 欧米のトレーダーが愛用するチャートが3つ、日本のは誰も見向きもしないのを1つ(超有名な一目均衡表のような、くだらないものは使いません)。私の発明が1つ。合計5つの総合判断でやっています。



もう、インターネットの時代だから、私が若い頃みたいに苦労せずに、テクニカル・チャートをネットで見ることができるのですが、ローソク足や、債券やゴールドや為替など、なんでも書き込むノートを、毎日付けていれば一生ものです。私のノートをデジカメですまんですがupします。

ノートは KOKUYO の CAMPUS。7mm×30行、30枚です。1週間ずつ縦にエンピツで線を引いています。1週間のマス目に5日分書き込みます。


 日本 


 海外 
海外は、上から、米国債価格、ドル円、米国債チャート、ドルユーロ、円ドルチャート、SP500、NASDAQ、ダウ30、ニュースをメモ、ゴールド価格の順です。


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 ホームページの「日記」でも書いてきたが、中国株のペトロチャイナなども、2007年秋に、最高値の1日違いで全部売った。

 その後、会議室で私がサロンのお金持ちに、株式講義をしたりしていた丸荘証券は、外債取引で破綻して、日銀特融で倒産した。証券会社のサロンだけでなく、友人のエコノミストらにも何度も何度も言ったし、新松戸の ふぃあてるぱうぜ という名物ジャス喫茶のノートにも、日銀が3万円ちょっとで止めなかったから、90代は大恐慌が来る。金融恐慌になってしまうと書き続けたが、私が、ともかく目をつぶって売れと言って、説得されて売った人たちを除いて、皆、呆れていたが、8年後に私の言うとおりに銀行も証券もバタバタ倒れていった。

 93年頃に、私が大暴落でも負けなかったということで、校正の仕事先でもあった「週刊東洋経済」の編集者と暴落を止める方法を話していて、それはおもしろいから原稿でも書いてみますかと言われて書き始めた。私に言わせれば、日経平均採用銘柄が小型すぎて、いじくられやすく欠陥だらけだったから、徹底的な銘柄入れ替えをすればよいのだった。原稿を書いていたときに、私の言うとおりに当事者が少しずつ手を打ち始めたから、私の原稿は日の目を見ず夢に終わった。それから株は少し上げたが、97年には、またダメになっていった。残りの2つの暴落防止策も書いておけばよかったか。


私の投資歴は、
80年代のプラザ合意前後のバブル相場で儲け、
商品相場は損した。
87年のブラック・マンデーでやられた。
88年、89年の株の再上昇は儲けた。
90年から98年までのバブル崩壊大暴落はなぜか私は儲け、
99年のIT相場もかなり儲かった。
07年までの新興国バブルも大儲けし、
08年のリーマン・ショックで商品相場で損をした。
株ではっきりやられたのはブラック・マンデーだけかもしれないが、商品相場は苦手だ。


 今は、メルマガでも出して、テクニカル・チャートの普及に一役買いたい気がある。同好の士の勝機のために。ともかく、日本では個人投資家も証券マンも、テクニカル・チャートに無知すぎた。古風?な「一目均衡表」ばかり使って90年代の暴落に揃って負けていった。これでは外国人投資家には勝てるわけがない。模型飛行機で戦闘機と戦っているようなものだ。外国人はカイでもウリでも、どちらも得意だ。日本みたいにウリをやると国賊みたいな風潮は異常だった。アメリカの投資家のセオリーを取材して書いた本も、今でこそ、たくさん出版され、若い人が読み始めて、成功者が続々と出てきたが、80年代は誰も読もうとしなかった。

 だから、メルマガでもいいから、少しでもお役に立てれば嬉しい。これは、あのおかしなバブルに負けて体を壊して たおれていった 全国の数え切れないほど多くの善き人たちへの鎮魂でもある。

たとえば、これが、2014年秋に宣伝したときに引用した私の戦歴です。(出金は損失。入金は利益。)


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 ユーロ円も、「日記」で何度も、180円の頃から1ドル=1ユーロに戻ると言ってきた。FXをやっていたら、また億万長者になるチャンスを得ただろうが、FXは本気でやる気が起きない。私はドル円が3日で20円動いたのを体験しているが、為替がどれほど怖い物か知らない人が多すぎる。

 いや、為替だけではなく、相場というものは怖い物だ。だから、テクニカル・チャートのスキルの修得は必須といえる。

 日本でただ一人、大暴落に勝った私が言うのです。
 そして、親の言うことに逆らっても、テクニカル・チャートには逆らってはいけない。

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